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青年海外協力隊体験談

私は高校の卒業文集の片隅に「いつか青年海外協力隊などで社会人として海外に渡りたい」と書きました。私はその夢を卒業から12年後の2012年に実現することができました。実際に私が青年海外協力隊へ栄養士隊員として派遣され、どんな所でどんなことをし、どんなことに悩み、どう乗り越えたのか、波乱万丈な青年海外協力隊員時代の話を、今回は前編・中編・最終編と3部に分けてお話したいと思います。

私は2015年まで派遣先であるグアテマラ共和国にいました。しかしながら、その後グアテマラ政府による政策の修正や変更があり、加えて途上国開発市場が加速していることから、状況は変化している可能性があります。私たちの活動は一定期間、一定の場所に限定されますので、決してグアテマラ共和国の現状を語れるわけではありません。そのことを十分ご理解いただき、この体験談を読んでいただけたらと思います。

私が派遣されたのは中米にある国の1つグアテマラ共和国。国内面積は108.889キロ平方メートルで北海道の面積の約1.3倍程度の小さな国でした。中米というとカリブ海や暑い南国のイメージを抱かれる方も多いと思いますが、グアテマラ国内は地域によって0m~2600mと標高差が激しく、標高によって温帯から熱帯まで気候も大きく変わります。気候の差や民族の違いなどにより食文化や生活、民族衣装も異なりました。

グアテマラでは1996年までの36年間続いた内戦の影響もあり、私が派遣された2012年当時でも、人口の約40%を占めている先住民の大部分が貧困、または極貧の状態にあるといわれていました。先住民の貧困層の人口は特に西部に集中しており、当時グアテマラ政府は“治安の改善”、“経済の回復”、“飢餓の撲滅”の3つを柱にした政策を掲げ、それらの課題対策に取り組んでいる最中でした。

そんな中、私が派遣されたのはトトニカパン県地域保健事務所でした。そこは県の保健医療を総括する行政機関で、医師、看護師、医療相談員、推進員、臨床心理士、栄養士、薬剤師、一般事務、経理事務、運送手、備品管理者、整備メンテナンスなど多種多様な職員約90名によって構成され、県民の健康増進、予防、治療に取り組んでいました。

トトニカパン県は、首都であるグアテマラシティからバスで4時間程度の距離にあり、標高約2300mの高地性寒冷地域です。県が属する西部・西南部地域には国全体の貧困層の約30%が集中しているといわれています。県では5歳未満の子どもの死亡率の高さが問題となっており、地域によって5歳児未満の低体重・栄養失調率が98%というところもありました。国はその原因の1つとして、貧困による不十分な食料摂取の事情があると考えていました。しかし、実際にはそれだけではなく、住民の栄養知識の欠如も重大な要因となっていました。そんな背景から、おもに乳幼児と妊産婦の健康状態の向上と維持を目的に栄養教育を行うため、青年海外協力隊栄養士の派遣要請が配属先からあげられました。

 

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みんなのコメント( 1

    • 大西 史
    • 大西 史
      1368日前

      大変な国に派遣されていたのですね。後輩が隣のホンジュラスに青年海外協力隊として派遣されていたのを思いだしました。

      拍手 2

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WRITER

青年海外協力隊体験談 前編

太田 旭

【国際栄養・母子保健】一般社団法人オルスタ代表理事。途上国へ進出したい日本企業向けコンサルティング、途上国での栄養改善・人材育成事業を担当する栄養士です。2004年~出身地である宮城県にて在宅型ホスピス、認可保育園、離島での僻地医療、災害支援(東日本大震災)に従事。2012年青年海外協力隊としてグアテマラに派遣。2015年~アフリカ・アジアを中心に活動。2019年独立し、国内外の食卓から世界平和を目指している。

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