第34回日本静脈経腸栄養学会学術集会(JSPEN2019)に2月14日と15日参加してきました。
今回の学術集会のテーマは、「栄養治療のArt and Science-新たなるbreakthroughを目指して-」でした。栄養治療はあらゆる治療の基礎となるもので、いわば万病に効くものですが、具体的な栄養治療は確固たる科学的な裏付け、すなわちScienceが必要です。さらにそれを実臨床で生かしていくためには、多くの医療従事者の実践する力、技術力、すなわちArtが求められます。そのような観点から新たな時代に向けて栄養治療のbreakthroughを目指すべく、さまざまな研究成果の発表と活発な論議を行えたら…という意味が含まれていました。
メイン企画としては、3年同じテーマで継続してシンポジウムを取り組んでいくことが決定され、以下の3つがテーマとなりました。
1. サルコペニア・フレイルを視野に入れた高齢者の栄養管理
2. がん化学療法・放射線療法における栄養支持療法
3. 重症患者の栄養代謝病態と栄養療法
本年はその初年にあたり、合計28のシンポジウムとパネルディスカッションが開催され、シンポジウムでは平成30年度診療報酬改定において加算が決定した「在宅半固形栄養経管栄養法指導管理料」や、地域一体型NSTについて議論が行われました。
今回は、主に地域一体型NSTについてのディスカッションをメインに聴講してきました。
1日目
シンポジウム01「地域一体型NSTの現状と課題」
司会の岡山済生会総合病院 犬飼道雄先生と東邦大学医療センター大森病院の鷲澤尚宏先生の絶妙な司会のもと、7名の演者の方のお話を聞くことができました。
新潟大学大学院保健学研究科の小山諭先生より「地域包括ケアシステム:在宅栄養管理実践に向けての課題」のお話を最初に伺いました。
新潟には医療・介護・行政の研鑽・協力・連携システムである在宅医療ネットワークが20団体あるそうです。多業種の専門家が顔の見える関係作りを通して、医療と介護の両方を必要とする状態の地域で、支援を必要とする方々を共に支えていけるインフラになるよう活動されています。しかし、制度の問題もあり、なかなか訪問管理栄養士の制度自体が明確に把握されていない現状を垣間見ることができました。
新潟県では、訪問栄養食事指導に対する取り組みを多岐にわたって行っていますが、診療報酬上、訪問栄養食事指導に関する算定は管理栄養士、認定栄養ケア・ステーション単独では算定できない制度であり、医師などの理解が進まず、利用数が伸びない課題があるとのことでした。この問題は新潟だけではなく全国的にあるのではないかと思いました。
次に鶴巻温泉病院栄養サポート室の高崎美幸先生より「湘南西圏域における地域一体型NSTの取り組みについて」のお話がありました。
鶴巻温泉病院では、地域における「顔の見える関係性」の構築のために行政、病院、施設、地域の栄養に関わる全ての職種を対象とした「地域連携栄養ケア研究会」を発足し、その後もさまざまな職種の訪問体制も整えているそうです。2016年には嚥下外来を開設し摂食嚥下障害のある方へ医師、摂食・嚥下障害看護認定看護師、管理栄養士による訪問を開始しています。
そのような活動から、在宅療養者以外でも、高齢者向け施設、障がい者施設等との連携の必要性も再認識できたとのことでしたが、いろいろな地域でもこのような中核病院の動きが求められていること、また病院と在宅のNSTのつながりの必要性を改めて感じました。
三富総合病院薬剤部の篠永浩先生からは、「地域一体型NST実現に向けてのモデル構築(保険薬局活用モデルの検討と考察)」についてのお話がありました。
地域での栄養管理が実施可能な専門職は不足しており、薬局の薬剤師による対応が期待されているとのお話に、少しどっきりしました。ただ、おもしろい取り組みとしては、NST専門療法士を地域連携担当薬剤師として配置して、「栄養サポートツール」を導入し、すべての薬局で使用可能な「サルコペニア・フレイル・栄養チェックツール」を作成しているそうです。
薬剤師同士の連携だけではなく、ぜひ栄養問題の見られる在宅療養者が居た場合には地域の訪問管理栄養士に繋いでください! と切に願いました。
愛生会山科病院の山田圭子先生からは、「栄養療法を病院から在宅へつなぐ-退院前カンファレンスの現状と課題-」についてのお話がありました。
超高齢化社会の到来により、長期的な栄養サポートを必要とする高齢者が急増し、病院の枠を超えた地域一体型の栄養サポート体制の整備を進めているとのことでした。退院時における問題としては、食事の準備、必要栄養量の不足が挙げられ、退院時に低栄養の患者が多くみられるとのことでした。このような素晴らしい取り組みをしているにもかかわらず、地域で訪問する管理栄養士の存在はほぼ見えず、地域で積極的に活動して訪問する管理栄養士がいることで、より生きてくるものなのではないかと感じました。
島根県立大学看護栄養学部の中山真美先生からは、「出雲市での多職種連携在宅栄養サポートチーム(在宅NST)の活動状況と見えてきた今後の課題」についてのお話がありました。
出雲市では医療ICTを活用した「出雲在宅NST」を実践しており、フローチャートに基づき、スクリーニングで対象患者を選別して治療計画書に基づいた支援を実施しているとのことでした。ICTを活用している地域は増加してきていますが、他の地域との大きな違いは、出雲市で共通のICTを活用しているところかと思いました。ただ、在宅NSTにおいては診療報酬はなく、加算に向け効果を検証していく段階とのことで、このような動きは全国区で求められているのではないかと感じました。現在、先生はIoTを活用することで相互補完や効率化を図っており、こちらの事例もとても興味深かったです。
そして、岡山済生会総合病院の犬飼道雄先生からは、「WAVESと地域包括ケアシステム」についてのお話がありました。
私も、「元気に食べてますか?」というイベントが巣鴨で行われた第一回目に参加しましたが、地域で道行く高齢者の方に声がけして、気づきを感じてもらえることの大切さは、その時に実感しました。WAVESは、
1) 気づき:元気に食べてますか?
2)学び:WAVES市民アカデミー
3)実践:WAVESベース
の3段階で構成されており、全国各地で活発な動きが見られています。
地域における栄養支援については、認定栄養ケア・ステーションでも進めているところもあり、地域においていろいろな形の栄養支援が活発になることが、地域の皆さんにとっても大きなメリットになるなぁとつくづく感じました。
最後に、厚生労働省保健局医療課 増田利隆先生から現状についてのお話があり、現在の日本の現状を包括的に理解することができました。
そして最後はJSPEN理事長である東口髙志先生からの特別発言があり、JSPENとしての地域一体型NSTの方向性を学ぶことができ、改めて東口先生のパワーには圧倒されました。
理事長講演「皆の力で日本の栄養療法を築こう!」
そして、東口理事長の講演を拝聴しました。NSTを作った経緯から始まり、現在の高齢者の栄養に対する実際の提示、またその状況に対して何ができるか、地域一体型NST、そしてWAVESの各地での活動について示されました。
時代の流れは明らかに栄養管理を通して健康寿命の延長と幸せな日本をいかにつくるかに向けられており、すべてのお年寄りをSG(スーパーじーちゃん)、SB(スーパーばーちゃん)にしよう! と、WAVESのような医療の外で日本の栄養療法を構築していくお話もありました。
しかし基本はやはりNSTであり、NSTが超急性期から在宅へ、栄養管理で一本の道筋を示さないといけない、NST及びWAVESの活動により日本の栄養療法の基盤が構築されるのではないか、とのダイナミックで素晴らしいお話でした。栄養療法が多職種によりこれだけ話される学会は稀だと思いますし、栄養療法を専門とする管理栄養士の地域における見える化の必要性を強く感じました。
International Invited Session 05
Tommy E Cederholm 「The GLIM Malnutrition Diagnostic Criteria」
Veeradej Pisprasert 「GLIM criteria for the diagnosis of malnutrition :how to apply in real situation?」
これは、今回の学術集会で初めて知ったGLIM criteria 低栄養の新たな診断基準です。
今回提示されたGLIMですが、2018年9月にESPEN、A.S.P.E.N、の学会誌Clinical NutritionとJPENに、世界規模での低栄養の診断基準GLIM criteriaが同時掲載されました。この基準は、世界各国の代表者が会して到達した世界規模での低栄養基準ということです。きっかけは2015年名古屋で開催された第16回PENSAの際に、討論の中で「世界規模で低栄養の基準を作ろう」という気運が高まったことだったようです。ちなみに、私はそのPENSAでも在宅NSTについてのポスター発表をしておりました! しかし全く気付かず(笑)。
このGLIM criteriaの特徴は、低栄養の診断にはすでに各地域で実施されている評価法を包括して、スムーズな臨床導入が可能なように配慮されており、サルコペニアや悪液質など各学会の定義との摩擦が生じないようにも配慮されているとのことです。
低栄養の診断は、スクリーニングとアセスメント/診断(重症度を含む)の2段階で行い、リスクスクリーニングではSGAやMUSTなど、各国で従来使用されているツールの使用を推奨しています。
アセスメント・診断(重症度判定)は、「現症」の3項目と、「病因」の2項目を用いて行い、重症度判定はアセスメント・診断で用いた「現症」で、2段階の重症度を判定するとのことです。
GLIM criteria では、低栄養を「病因」にしたがって、
①慢性疾患で炎症を伴う低栄養
②急性疾患あるいは外傷による高度の炎症を伴う低栄養
③炎症はわずか、あるいは認めない慢性疾患による低栄養
④炎症はなく飢餓による低栄養(社会経済的や環境的要因による食量不足に起因)
の、炎症に関する4つの病因別に分類していきます。
参考資料:Vol.5 低栄養の新たな診断基準 高齢者の栄養管理を考える Abbott
診断の「現症」について興味深いのは、上記の通りアジアの基準が設けられているところです! これは画期的ですよね。
詳しくは以下のURLより。
GLIM criteria
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S026156141831344X
今後、国内外の学術集会で発表する際には、このGLIM criteriaも入れて発表することが勧められそうです。
2日目 NSTフォーラム
第一部:特別講演
2日目は、午前中は外来の栄養指導が入ってしまい、午後過ぎからの参加となってしまいましたが、前内閣官房まち・ひと・しごと創生本部地方創生総括官の唐澤剛先生のお話を拝聴しました。
どんなお話になるのかなぁと予想ができない中で参加しましたが、大ヒットでした。急速過ぎる人口減少、大都市の高齢者人口爆発、東京一極集中と地域の疲弊、大人手不足時代の到来、AIの活用、「ごちゃまぜ」による地域包括ケアについて、堅苦しい内容にも関わらず面白おかしくお話いただき、素晴らしいご講演でした!
今後の医療はAIやICTなどの活用により、自宅がサテライト役になる必要性についてのお話が興味深かったです。
また、地域包括ケアの縦軸と横軸についての話では、縦軸としている地域で別々のところに所属している専門職が、チームを組んで栄養を支えていく医療介護連携の難しさについて強く訴えていらっしゃいました。私の活動する地域ではその連携が取れ始めており、少し自信につながるとともに、もっと外に対しても現在実際に経験している成功例などを発信していくことの大切さも感じました。
お話の中では、訪問栄養食事指導の点数を付けたことなどもお話があり、驚くとともにとっても嬉しかったです! diversity×interaction=ごちゃまぜな地域包括ケアでは徹底的に寄り添うことの大切さも力説されていました。唐澤先生のお話の後に第2部のパネルディスカッション「NST加算について今一度考える-H30年度改定を受けて-」も拝聴しましたが、病院では素晴らしいNSTが行われているにも関わらず、地域へ落とし込めていないと感じました。
在宅で訪問する管理栄養士の立場としては、ぜひその情報をまるごとそのまま地域へつなげていただけたら、本当にシームレスで患者さんもご家族も安心して在宅療養を開始、そして継続していけるのではないかと強く感じました。
今回のJSPENは地域を含めたNSTのセッションづくしとなりましたが、今後の自分の動き方や地域でのありかたなどを勉強する素晴らしい機会となりました。