口腔機能の低下(オーラルフレイル)による低栄養を防ぐためには、栄養と歯科の連携が鍵となります。
今回は、退院時の栄養指導の現場で遭遇することのある、「食べ物が噛めない」と悩んでいる対象者に対して、管理栄養士はどのようにアプローチしていくべきかを考えます。
歯があれば噛める?
嚥下状態などに特別問題のない退院前の患者の栄養指導に入ったとします。その時、もし対面した患者が「入院中に入れ歯を外していたら合わなくなり、噛めなくなった」と訴えてきたら、どのように患者の訴えに寄り添うとよいのでしょうか。
医師からの指示内容に記載がない場合は、“噛めるようになったら”という前提のもとで、栄養指導を進めざるを得ないかもしれません。
しかしその後、退院した患者が「入れ歯を入れられるようになったが、うまく噛めない」と言って、歯科医院を通院し続けているということは、実際にある話です。この場合、食事を口から食べるための根本的な「噛む」部分の問題によって、せっかく行った栄養指導が実践されないままとなってしまいます。そしてそのために、オーラルフレイルが進行してしまう、そんな恐れもあるのです。
「入れ歯が合わない」場合のその後
入れ歯を入れられるようになったのに、うまく噛めない(食べられない)状況とはどういうことなのでしょうか。
まずは、入れ歯が合わない場合の歯科医院での対応をみてみましょう。入れ歯が合わなくなった場合の解決方法は、修理もしくは作り直しです。歯科で一般的に行われる入れ歯の修理は、歯茎の土手部分の高さの変化や、経年使用のすり減り具合などに合わせて、厚くしたり薄くしたりの調整をするというものです。歯茎の土手部分が大幅に痩せているなど、口腔内の変化によっては作り直しになる可能性もあります。入れ歯を新しく作るには、少なくとも4~5回の治療回数が必要で、完成品が出来上がるまでは期間にして1ヶ月以上かかることがあります。また、完成してからも問題なく噛めるようになるまで、短期間の使用と微調整を繰り返します。
しかし、ぴったり合う入れ歯ができたとしても、唾液の分泌不足やその他の口腔機能の問題でうまく使えないこともあります。歯を入れれば直ちに噛めるようになるとは限らず、患者が訴える「噛めない」期間は思いのほか長引くことがあるのです。
噛めない理由が歯にあるとは限らない
食べるためには歯があるかないかだけではなく、口腔機能が正常に働くことが必要です。正常とは、歯が噛み合っていること、舌が動くこと、唾液が出ること、口が閉じられること、咀嚼ができることなどの働きがそろって機能している状態です。わずかな口腔機能の低下は正常な機能で代償されるため自覚されにくく、噛むことに不具合があると訴えがあるときはすでにオーラルフレイルの第2~3レベルに相当します。高齢者は口腔機能が低下しやすく、歯周病などの歯科疾患も進行していることがあるため、その口腔内は複雑であることも多いです。口腔機能の低下は、歯科医師によって診断することができます。これについては次回に詳しくお話します。
噛めない期間が続いた時を想定してフォローする
本稿で紹介した「入れ歯が合わなくて噛めない、食べられない」というケースは、まさしくオーラルフレイルの一例です。栄養指導の現場でこのような人に遭遇したら、「噛みづらい期間が続いた場合」を想定したフォローが欠かせません。噛めない期間も必要な栄養量を維持することができれば、オーラルフレイルの進行を食い止めることができます。歯科医院への受診を勧奨することはもちろん、患者が自宅に戻ってからの生活で栄養状態や食べる機能をサポートしてくれる地域の連携先を見つけておき、専門職同士でバトンをつなぐことも有効です。噛めない状況は個別性が高いですが、近年は歯科医院に管理栄養士が雇用されているケースや、訪問歯科が在宅訪問管理栄養士と連携しているケースも増えており、口腔内に配慮する視点で情報交換をすることができます。
今後、噛めない期間のサポートのためには、私たち管理栄養士が栄養の入り口である口のことについて理解を深めていく必要があります。
参考文献
・深井護博:「健康長寿のための口腔保健と栄養をむすぶエビデンスブック」、医歯薬出版、(2019)
・特定非営利活動法人日本咀嚼学会:「第20回健康咀嚼指導士認定研修会テキスト」(2019)
・藤田医科大学医学部歯科口腔外科学講座歯科部門:「プロジェクト JST戦略的国際共同研究プログラム」、藤田医科大学、http://dentistryfujita-hu.jp/research/project.html(閲覧日:2021年2月9日)
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