「食事とは」と調べると、生命維持に必要な栄養素を摂取するために日々習慣的に何かを食べることとあります。しかし、それだけではありません。食事は楽しみでもあり、癒しでもあります。身体に必要なだけでなく、心にも必要だということです。
新メニューや手作りメニューにワクワク
刑務所の給食は、冷凍食品や加工食品などを使うことが多いです。しかし、当所は小規模なため、手作りメニューが取り入れやすい環境です。彼らもそれに期待しています。翌月のメニューを知らせるとすぐさまチェックし、新メニューに興味津々です。「花シュウマイがんばって作るから協力してね」と伝えると、「任せてください」と返ってきます。そしてワクワクして当日を迎えます。
メニュー表のコラム欄には新メニューの説明だけでなく、流行りのデザートや栄養に関するネタも書いています。その内容が彼らの中で話題になることもあります。刑務所に限りませんが、食べることは誰にとっても楽しみなのではないでしょうか。
花シュウマイに歓声を上げる男子たち
花シュウマイの玉ねぎは、B君がみじん切りにしました。いかつい風貌の男子が泣きながら切っている姿は、そのギャップで笑ってしまいそうになります。ひき肉をこねる時は、男子の腕力が頼もしいところです。手先の器用なC君が成形し、刻んだ皮を乗せて蒸すこと約10分。「なんで『花』シュウマイなんですか」と聞かれ、「できたら分かるから」そう言って興味を引きつけ、蒸し器のフタを開けます。出来上がりを待ちかねて集まってきた男子たちが一斉に「おぉ~!」と歓声を上げます。「ね、お花みたいでしょ」と言うと「可愛いっスね」と笑みがこぼれるのです。
食べた後も盛り上がる男子たち
「これ、絶対旨いヤツやん」と蒸し器から香るおいしそうな匂いで彼らは悩殺されていました。食後の休憩時間に彼らの会話を聞いていると、「俺が肉こねた!」「玉ねぎ切ったの俺だし!」「俺だって丸めたし!」と、いかに自分がシュウマイに貢献したかを主張しているのです。いい大人の男子たちがまるで小学生のようで、笑いをこらえるのが必死でした。
そういえば、D君はこんなことを言っていました。「炊場は他の工場と違って毎日やることが違う。大変だけど、それが楽しい」それを聞いて、栄養士の私がうれしくない訳がありません。
失敗して受刑者に励まされる
手作りメニューの中でもドーナツが好評です。オリジナルブレンドのミックス粉を使い、卵や牛乳などを加えて混ぜ、油で揚げます。抹茶、ココア、黒糖など、今までに何種類も作りました。今でこそ段取りよくできますが、作り始めた頃はかなりもたもたしていました。なんと生地にバターを入れ忘れたことがあり、パサパサの仕上がりになってしまったことがあります。その時は、楽しみのドーナツを自分のミスで失敗してしまい、落ち込みました。すると「先生、気にしないでください」と声をかけてくれたのはE君。優しい言葉に泣きそうになりました。
職員と受刑者ですが、一緒に作る時にはワンチームです。皆で協力し、おいしいものができれば共に喜び、イマイチならば改善策を考え、よい評価をもらえれば自信になり、そして仕事への意欲が高まる・・・。それを経験してほしくて、また新作ドーナツを考えます。
塀の中でもほっこりする出来事
「受刑者に料理を教えるなんて怖くないですか」そう聞かれることがあります。最初は怖い気持ちがありました。監視カメラの死角を避けて行動したり、壁際に立つようにしていました。しかし、今はそれほどでもありません。なぜなら、私の仕事に彼らの罪は関係ないからです。私が興味あるのは彼らが今までどんな物を食べてきたのかという食歴です。「お母さんと一緒にハンバーグ丸めたこと思い出しました」などと聞くと、「ここを出たら、家族に作ってあげなさいよ」とお節介じみたことを言ってしまいます。そして、ほっこりした気持ちになるのです。
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