「刑務所給食」と聞いて皆さんが思い浮かべるのは、どんな食事でしょうか。刑務所なんて怖そうなところ、自分には無縁だし特に知りたくもないと思う方もいるでしょう。しかし、怖いもの見たさの気持ちがあるのも事実ではないでしょうか。
刑務所に勤務する管理栄養士が、刑務所給食の実態について3回にわたってお伝えします。
採用が決まってから知った衝撃の事実
「刑務所の給食は受刑者が作るんだよ」そう聞いたのは10年前、採用手続きのために刑務所を訪れた時のことです。採用担当の刑務官は当然のように言いましたが、私には初めて知る事実でした。当然、採用試験前に刑務所管理栄養士の仕事について調べましたが、検索しても参考になる情報は見つけられなかったのです。
受刑者はあくまでも利用者であり、調理スタッフは別にいると思っており、刑務所勤務といっても受刑者と直接関わるなどとは想像していませんでした。しかも、勤務先は全員が男性受刑者です。「なんとかなる!」と、この時は自分に言い聞かせるしかありませんでした。
給食調理は受刑者の刑務作業
懲役というのは、刑務所に拘禁して勤労を科する刑罰のことです。給食を受刑者が作るのは、調理という刑務作業をその勤労としているからです。刑務所には作業ごとに工場があり、民間企業から受注して製品を納めたり、オリジナル製品を作って販売したりしています。一部の刑務所を除き、全国どこでも通称で炊場(すいじょう)と呼ばれる炊事工場があり、受刑者が給食を作ります。
献立作成や材料発注などは管理栄養士が行い、食材の購入や予算管理は主に食料係の刑務官が行います。刑務所栄養士の多くが非常勤職員で、塀の中に入る機会は限られています。公務員で常勤の管理栄養士は、全国に20名ほどしかいないため希少種です。
未経験者ばかりで運営する集団給食
炊場に配属される受刑者はほとんどが調理未経験者です。そして、炊場の担当刑務官も調理ができるとは限りません。できる人だとしても、大量調理は家庭の調理とは異なります。そのため、一般の給食施設ではありえない珍事件が発生します。
ある時は「コロッケが爆発しました」、またある時は「とろみがつきません」と呼び出されます。冷凍コロッケは一度にたくさん揚げないようにと注意し、八宝菜には片栗粉を追加するように伝えます。しかし、片栗粉をそのままバサッと釜に入れようとするので「ちょっと待った!」と大声で制止して説明します。ほんの初歩的な指導ですが、そんな対応でも彼らにとって私は救世主のようで、“神対応”と言われるのは悪い気がしないものです。
おいしく作りたいから教えてください
調理するのは受刑者なのに、彼らは味見も調味料の加減も許されません。彼らの独断が許されるのは、ぜいぜい水加減や加熱加減、調理時間くらいですから、ある意味すごいです。
「みんなにおいしいって言われました」そう言って照れたり、「料理を覚えて出ていきます」と真剣な眼差しを見たりすると、つい親身になってしまいそうですが、深入りはできません。彼らがいきなり暴れる可能性もゼロではないため、物理的にも精神的にも適度な距離感が必要です。女性職員が炊場内にいるだけで保安上、刑務官には負担です。一般給食施設なら栄養士と調理員のコミュニケーションは大切ですが、刑務所では職員と受刑者であることを忘れてはいけないのです。
連載第2回目に続きます。
★コラムの画像は、実際に2020年7月に実施した献立で、「ポークビーンズ」、「コールスローサラダ」、「ベイクドチーズケーキ」のうち、コールスローサラダとベイクドチーズケーキを映したものです。
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